着物のみらい-粋な女性がつむぐ日本文化-

Vol.2 後半 文筆家・コラムニスト
      井嶋ナギさん

江戸時代にタイムスリップ!なんてできないから…

 もともと、ナギさんが江戸文化に興味を持たれたのは、高校生時代に明治時代の文学に夢中になったことがきっかけだそうです。学校の授業で、生活文化について教えてもらえないことが不満だったそうで… 

ナギ:泉鏡花や永井荷風が大好きで、そこに描かれている江戸文化に興味を持ったことがきっかけです。これってどんなものなんだろう?ということがよくあって。例えば芸者さんのファッションやライフスタイルを、どんどん知りたくなって…調べてみると、今「日本ぽいね」と言われるものは、ルーツが江戸時代ということが多かったんです。

ナギ:こうして日本文化のルーツとして捉えられている江戸文化も、学校の授業ではそれほど詳しく教えてくれないじゃないですか。将軍の名前や政策を知ることはできても、その頃の暮らしを具体的にイメージすることはできない…日本史が好きで、勉強すればするほど疑問だったんですよね、どういう時代だったんだろ~?ということが。

確かに、ナギさんの著書では、その頃の暮らしや人物に共感できるシーンがたくさん表現されていて、身近に感じられました。

ナギ:そう、タイムスリップはできないから、今の自分の感覚でどこまで理解ができるかが大切だと思うんです。歴史の本や例えば歌舞伎の世界でも、その時代背景を完璧に学んでからでないと、「今の感覚で適当なことを言うな!」みたいなところがありますよね。江戸文化を知るには江戸人になりきらないと!みたいな…いや、なれないし!って(笑)。

ナギ:今の時代に生きる私たちにとってだからこそ、現代において面白いことや役立つことを見つけたいと思っていて。今の時代の感覚をキープしつつ過去の感覚を取り入れて、物事を複眼的に見ることができたら、世界はすごく楽しいと思うんです。

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※ナギさんのお祖母さんが娘時代に着ていたという加賀友禅の中振袖。多彩な花々と蝶が描かれ、とても華やか。外側から内側にかけてぼかすのが、加賀友禅の特徴だそうです。

 

人と人を紡ぐ着物

ナギさんが夢中になった泉鏡花の世界。そこには、現代では感じることのできない着物の魅力が存在するそうです。 

ナギ:泉鏡花作品はとにかく文章がすごく素敵なんですよ。着物を着慣れていない私たちにとっては、着物って物体としてしかイメージできないですよね。でも、着物というのは身体にまとうものだから、身体の動きと常に一体になっているんです。身体とかしぐさとか、特にしぐさは性格が表れるものだから、そこまで含めて一体になっている描写が、鏡花作品には本当に多いんです。人が着て、動いて、着崩れたりして…「着物って動くんだ!」という新鮮な面白さがありました。

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泉鏡花『日本橋』(日本近代文学館刊・名著復刻全集/装丁・小村雪岱作)、泉鏡花『高野聖』(日本近代文学館刊)

ナギ:例えば、これは泉鏡花の『春昼・春昼後刻』の一文ですけど、

「雪のような白足袋で、脱ぎ棄てた雪駄を引寄せた時、友染は一層はらはらと、模様の花が俤に立って、ぱッと留南奇の薫がする。美女は立直って、「お蔭様で災難を、」と襟首を見せてつむりを下げた。」

・・・・・・こんな感じで、場面描写とか二人の関係とかが、着物と一体になっているんです。着物を媒介にして、人と人が関係を紡いでいく…この世界観が本当に魅力的です。この時代の文学はみんな着物の描写が本当に細かいのですが、その理由は、着物によって身分や職業、年齢が一目瞭然だった時代であったため、着こなしで性格まで表現できたという部分もあるんですけどね。

 

美人画に学ぶ“オシャレ着”着物


江戸時代に描かれた女性たちの着物、その鮮やかで大胆な着こなしを眺めつつ、話題は今着たい着物についてへと…(江戸美人の着こなしについてはナギさんの著書にも多数掲載されているので、ぜひご参照ください。)

ナギ:現代的な新しい着物のオシャレが定着しつつありますけど、それでも着物ってまだまだカッチリ着ないといけないイメージがありますよね。浮世絵などで江戸時代の女性たちの着こなしを見ていると、自由だな~って思います。もちろん身分や年齢によって制限はあって、その範囲内の自由ですけど、コウモリ柄の着物を着てたり、帯の結び方を工夫したり、帯を前に結んだり、しどけなく肩から長襦袢をのぞかせていたり。

ナギ:着物が日常着だったのは戦前までで、戦後、着物文化が生き残るためにはフォーマルウェアとしての道しかなかったことは分かります。だからと言ってオシャレ着や日常着の着物をなかったことにするのは、もったいないですよね。伝統的なことは全然否定していないのですが、今の文化と混ざり合って、今の感覚に合うものが再構築されていくことはとても大切だと思います。その時代時代のものを取り入れて進化していくことは重要ですよね。何より、洋服と同じように“オシャレしたい!”という感覚で着物も楽しみたいですね。

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※ナギさんがお気に入りのブランド「月影屋」で誂えたという、本物の蛇皮で作られた帯。

たくさんのコレクションを持つナギさんですが、着物を着る際のコーディネートのポイントはどのようなところに置いているのでしょうか?

ナギ:私は、ほとんど洋服と同じ感覚でコーディネートしてます。個人的な好みで言うなら、私は洋服ならシンプルでカジュアルなものが好きなので、着物もごくシンプルな柄や色のもので、きちんとしすぎず(笑)カジュアルに着るのが好きです。あまり「着物だから」と構えないほうが、その人らしさが出ると思います。

ナギ:あとは、基本的な着付けと着物のルールをおさえておくことと、その日はどういうイメージで着たいかを把握しておくことが、大事かもしれません。洋服だって、今日はスーツで大人風とか、今日はTシャツとミニスカートでカジュアルにとか、その日によってイメージを選びますよね? 着物も、きちんと着たり、着崩したり、セクシーにしたり、可愛くしたり、イメージを自分で選べるようになるとより楽しくなるんじゃないかなと思います。

 

日本文化入門のすすめ


多岐に亘って日本文化に精通するナギさんから、その入り口に立った人へまずオススメしたいものを伺いました。

 ナギ:一番わかりやすいものとしては、まずは映画をオススメします。昔の日本映画は面白いものが多い!戦後、普段着としての着物がまだ少し残っている時代の映画は、女優さんたちの着物の着こなしが本当に素敵です。私は花柳界ものが特に好きなので、柳橋の芸者置屋を描いた、幸田文の小説を映画化した『流れる』などがオススメ。それから歌舞伎。皆さんが思っている以上に敷居は高くないですし、ストーリーもドラマティックで面白いですよ。あとは浮世絵を観るなら断然「北斎」がオススメです。奇抜で現代の漫画を彷彿させる描写があったりして、共感できると思います。 

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 これからの活動について伺ってみると、今面白いと思っているのは明治時代。江戸文化がまだ残っていながらも西洋や近代的な文化も入ってきて、文化的に多重構造になっているところに惹かれるのだとか。花柳界の文化が大好きで、芸者さんが大スターだった時代の人間模様なども掘り下げて行く予定だそうで、次回作の刊行を楽しみに待ちたいと思います。

日本文化に限らず、生活にまつわる衣食住の美しさに関心の高いナギさん。使えてこそ楽しい“生活芸術”の世界が好き、ということでBotanicalismでの“暮らしの教室”皮切り企画の講師依頼にも、快諾していただきました。

 

暮らしの教室Vol.1 7月10日(土)開催
【色っぽい浴衣入門~着付けからしぐさまで~】
ナギさん直伝の“色っぽい浴衣”の着こなし、ぜひ参加ください。

 

※ヘッダー画像はナギさんのコレクションより、観世水を染めた絽の着物に、絽つづれの帯。夏のコーディネートは、涼しげに見せることがやはり一番のポイントだそうです。


<井嶋ナギさんプロフィール>

1973年8月31日、東京生まれ。千葉育ち(アラブ首長国連邦含む)。上智大学文学部国文学科卒。大学では哲学科に入学したものの、最終的に江戸文学を専攻。卒論は、鶴屋南北の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』について。出版社勤務、雑誌編集、着物販売などさまざまな職を経て、現在、文筆家・コラムニスト。

日本文化(着物、歌舞伎、日本舞踊、江戸文学、日本文学、日本映画など)を得意フィールドとするが、西洋哲学や文学や美術、サブカルチャーやガールズカルチャーなどもふまえつつ、「現代の生きた文脈で日本文化を捉えなおすこと」を課題としている。著書に、『色っぽいキモノ 』(河出書房新社)。
また、日本舞踊花柳流の名取「花柳なぎ嘉乃」として、日本舞踊の舞台にも立つ。

■連載コラム(着物ブランドWAGU)
 「美女とキモノ。 または映画におけるキモノ美女の研究。」
■HP: http://www.nagii.org

 

<花柳美嘉千代・踊りの教室>

敷居が高く思えてしまう日本舞踊の世界ですが、温かく気さくな美嘉千代先生のご指導に、初心者でも気構えすることなく通うことができる教室です。美しい所作や着物の着こなしなど、日常生活に活かせる学びも多く、美しい姿勢を保つ踊りは心も身体もリフレッシュする時間です。ご興味のある方はぜひ覗いてみてください。
■HP:  http://www.boeufalamode.com/odori/