暮らしのチカラ-心を豊かにする環境問題-

Vol.1 前半 総合地球環境学研究所
      副所長・佐藤 洋一郎さん
      哲学者・鞍田 崇さん

「人はなぜ花を愛でるのか」

出会いは1冊の本でした。

総合地球環境研究所(京都)の研究成果として刊行される「地球研ライブラリー」としてシンポジウムの内容が07年に再編された1冊。考古学・人類学・美術史・文化史…など、さまざまな専門家から語られる“人間と花”との関係、そして歴史。

私は迷わず手に取り、その書から多くを学び、人間を魅了する花の神秘にますます心酔したのです。…熟読すること2回、それでもまだ私は答えが出せずにいました。

「私はなぜ花を愛でるのか」という自問に。

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それから1年後、偶然見つけたセミナーのタイトルは「俺はなぜ花を愛でるのか」。
同じく地球研で開催されている「人と自然:環境思想セミナー」の第21回、フラワーデザイナーの東信氏を招いての1コマでした。
このセミナーは、地球環境問題を「人間文化」の問題として位置づけ、人と自然との関わりはどうあるべきかを日常の暮らしの視点から議論することを目的に、さまざまなジャンルの専門家が招かれ毎月開催され、この5月で第30回を迎えました。

一方的な大いなる共感と、何か大切な考える糧をいただけるのではないかという、これもまた勝手な期待からお願いした面談に、セミナー企画者であり「地球研」上級研究員・哲学専攻の鞍田崇さん、また上記書籍著者の一人であり「地球研」副所長の佐藤洋一郎さんが快く応えてくださいました。

 

“理系×文系”によって生まれる環境問題への新たな視点

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  総合地球環境学研究所は、2001年に文部科学省によって京都に設立したされた研究機関。自然科学だけでなく、歴史や芸術ひいては思想の側面から「人間文化」の問題としての環境問題の研究に取り組んでいます。
なぜこのような視点が大切なのでしょうか?
  

佐藤:当研究所は「環境問題は人間の問題である」というのが基本姿勢です。つまりは今の地球環境の悪化はすべて人間がやったこと、ということです。「環境」というと経済活動についての議論が多いですが、世界中で同じことを話しているようで、欧米人と日本人では考え方にすれ違いが出ます。これは宗教や思想の問題ですね。
「人間はどうして強欲なのか?」なんていうのは仏教の考え方で、欧米人にその発想はないですよね。そんな中で考えて行くためには鞍田さんのように哲学の人がいないと。
日本人がどういう生き方をしてきて、どういう思想を持っているのかをまず知って、いろいろな視点を持った人間が集まらなくては、環境問題を深く議論していけないのではないかと思いますね。

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 さまざまなジャンルの専門家の方が迎えられる「人と自然:環境思想セミナー」は、まさにその考え方を体現する機会でもありますね。

佐藤:昔から生活の道具を作ってきた職人はどうか、また芸術家は?お坊さんは?料理人は?…暮らしの中で人が培ってきた文化や思想、一度全部そういう方たちのものの考え方・捉え方を聞いてみようじゃないか、というのが始まりですね。

鞍田:さまざまな話題を提供することで、聞く人の視点も俯瞰的に見られるようになることがあるんじゃないかと思います。最初は焼物に関心があるからたまたま陶芸家の回に来てみたけれど、次は食の話ならちょっと聞いてみよかなぁと。それぞれは違う話のようだけど、どうもこれは人と自然の関わりとか、環境というものを考えるときに、どこか深いところで結びついているみたい…と感じられるような、そんな接続をして行ければと思っています。
入り口はとても身近に感じられることでも、次のステップで根底にあるものがだんだん見えてくるような感じですね。

 

暮らしから考える環境:マイ茶碗&マイ箸のニッポン食文化

「人と自然:環境思想セミナー」は各回のセミナーが生活の基本である「衣食住」、そしてそこで生まれ根付いた文化から発想されているところが魅力的です。いかに根本的なことを見過ごしてきたかと気づきます。

佐藤:「環境問題」が「環境問題」として語られない最大の理由は実感がないからです。
情報化社会と言って大量な情報は流れているけれども、我々は受け止めらる量は変わらないからね。空の上を飛び交っているだけ、それを使ってどうにかすることはなかなか難しい…
食べること、暮らすことになって初めて、「これはいけない!」と思うわけで、そういうところにまで響かせるインターフェイスがなさ過ぎるのだと思いますね。
「思想」というと難しく感じられますが、キーワードは「日常」。日本で培ってきた生活文化から考えて行く必要がありますね。

鞍田:日本ならではの暮らしの文化と言っても、現代では実際に日々感じることは少ないかも知れない。でもね、よくよく振り返ってみると、若い世代の人たちも自分のおじいちゃんおばあちゃん世代の暮らし方が、逆に新鮮に感じることもあると思うんですよ。分断されているから、むしろストレートにそのよさを見つけることができるってこともあるでしょうし、伝統を守るためでなく、むしろそこに新しい素材を見出している人が増えてきている気がします。

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佐藤:例えばね、「マイ茶碗・マイ箸」のある日本の食文化。
西洋のフォークは無人称ですよね。日本にはこうした3歳のころから教わってきた食文化がある。こういうところから環境は問いたい、というのがこのセミナーの根底にありますね。
環境をめぐる色んな議論の中で欠落しているのがここです。人間がいけないということは認められてきたけれど、それは経済の話ばかりですよね。環境についてじっくり考える機会がなく、どこか他人事になってしまう。自分の食事のことは皆考えるので、ここまで落として行って、日常の中にある思想や哲学・宗教の面から考えていかないと根本的な解決には至らないと思いますね。

後半につづく→